無断キャンセル

Watch 無断キャンセル
  今回のもみAではWatchとして「無断キャンセル」を取り上げます。

定刻の8分過ぎ

 通用口からサロンに入ると、お客様からのご予約状況をまず確認するため、施術フロアを抜けて受付カウンターに向かいます。その途中、施術中のセラピストとは仕切りのカーテン越しに会釈で挨拶を交わします。皆さんが笑顔を返してくれます。状況や雰囲気がつかめます。

(今日も忙しそうだ・・・)

 店内を流れるBGMの落ち着いた雰囲気もいつも通りでした。しかし裏腹に、受付カウンターには困惑した表情の女性セラピストAが落ち着かない様子でたたずんでいました。

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「Aさん、どうかしましたか?」
「実は・・・、16時20分からご予約のお客様がまだ来られないのです」
 その時16時28分。定刻の8分過ぎでした。ほとんどのお客様がきちんと時刻を守ってくださる当店において、遅れることがあっても、5分が限度です。

嫌な予感

 Aさんが不安を感じ、困惑していた理由は聞くまでもありません。この仕事をしていれば、セラピストの誰もが1度は経験することだからです。
「電話確認はしてみましたか?」
「いえ、まだです」
「では10分を過ぎたら私から電話してみましょう」

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 口にこそ出しませんが、2人とも嫌な予感を抱いていました。もしかして・・・。
「無断キャンセル」という言葉が脳裏にチラつきます。そんな折の不安は妙に的中することが多く、予感もまた実感となるのが往々です。しかし、そうあってほしくない。お客様との信頼関係があって成り立つ仕事なのに、その信頼を揺るがすような事案には誰も遭遇したくはないのです。

3つの妄想

 時刻を10分過ぎても見えないことから、お客様に電話をかけました。耳元で鳴る発信音は、相手が出ないだけに余計な妄想を掻き立てます。
 予約したことをただお客様が単純に忘れている。今スマホの着信音が鳴っていることすら気づかない状況に違いない。なんて無責任な人なのだろう。あなたをここで待っている人が居ます。

 本当はスマホを片手に受話器の向こうに居るのでしょう。予約していたことにハタと気付き、バツの悪さから電話口に出られないのですね。気まずそうな表情が見て取れます。でも構わずに出てください。怒りませんから。その方がこちらにはありがたいのです。

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 何てことだ。当店に来る途中突発的な交通事故に巻き込まれ、ガードレールに衝突したクシャクシャの車の中でお客様は頭から血を流して意識を失っているじゃないか。とても電話に出られる状況じゃない。無事だとよいのですが・・・。

 20回ほど発信音を鳴らしたでしょうか。結局のところ相手は出ず、妄想も立ち消えました。それ以上鳴らすのもどうかと思い受話器を置きました。

もう1人の当事者

 施術を終え、お客様を見送ったばかりの女性セラピストBが心配そうに私たちに近寄ってきました。Aが自分で受け付けた予約ならまだしも、このようなケースでお客様が来ないことに不安と困惑を覚える人が実はもう1人います。そう、予約を取った第3の当事者Bです。

「私が電話で受け付けたお客様だと思いますが、ブッチですか?」
「残念ですがそのようです。電話にも出られません」
「私がうっかりしたのかも知れません。申し訳ありません」

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「あっ、気にしないでください。大丈夫なので」
 私たち2人に頭を下げるBをすぐに優しくAがとりなしました。近くで施術していたBは様子を察知し、自分がうっかり時刻を聞き間違えのではないか、あるいは予約の日にちを取り違えたのではないか、などとあれこれ悩んだようです。

 私を含め、3人の思いはそれぞれです。ただし、後味の悪い「無断キャンセル」に心が暗く沈んだことだけは確かでした。

ブッチの経験

 業界用語として耳にする「ブッチ」は、無断キャンセルの代表的な俗語です。若者言葉の『ぶっちぎる』が由来で、約束をやぶる、無視する、黙り込む、電話に出ない、にといった意味で使われます。

 私も今のサロンで1度だけブッチを味わったことがあります。だいぶ前のことなのでよく覚えていませんが、お客様を癒そうと意気揚々だっただけに、かなり拍子抜けした記憶があります。

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 ただ幸いなことに、私が受け付けた他のセラピストへの予約が無断キャンセルになった経験はありません。しかしピンチは2、3度ありました。お客様から「すみません。忘れていました」と電話が入り遅れて来店され、担当セラピストが施術時間を短縮するなどして対応できたのです。

 ですから受け付けた者が自分に聞き間違いなどなかったか、あれこれ推測して悩む心情は痛いほどよく理解できます。万一ブッチになろうものなら、当人に申し訳ないという気持ちになります。
 ブッチという俗語はかなりネガティブな表現です。再び無断キャンセルと呼んでブログを続けましょう。

チャンスロス

 無断キャンセルに伴うのが「チャンスロス」です。そのご予約どおりお客様が来店されていれば得られたセラピストの施術報酬、お店の売上や利益などが該当します。オイルマッサージなど商材の準備が必要なケースでは、その廃棄ロスも生じることになります。

 ご予約には先着優先のマナーがあります。とても疲れた表情のお客様が飛び込みで来店されました。
「できれば60分、無理なら30分でもいいので、やっていただけませんか?」
「大変申し訳ございません。この後ご予約がありますので・・・」
「そうですか。仕方ありません」

 肩を落として帰られる姿を目にし、セラピストなら誰もが申し訳なく感じることでしょう。心情的には施術して差し上げたい。しかし、20分後にご予約が入っているので対応できません。

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 続いて予約の電話が入りました。
「その声はAさんですね。〇〇ですが、このあと個人指名で入れますか?」
「すみません。すぐは無理ですが2時間後ならお取りできます」
「時間が合わないので、今日はやめておきます」

 辛そうな飛び込みのお客様、自分へ個人指名をして頂けるお客様をお断りし、先着のご予約に備えていました。それが何の連絡もなしにキャンセルされたとしたらどうでしょうか。

ハートロス

 無断キャンセルによってもたらされる最大の被害は、セラピストの心が萎えることです。報酬や売上利益も確かにありますが、それらは実はたいしたことではありません。セラピストの心の損失、つまりは「ハートロス」にこそ注意を払うべきです。

 お客様は自分勝手でいいかげんなもの、といった観念が長じると、それがセラピストとしての姿勢や信条をゆがめ、いずれ技能まで貶めてしまいかねません。相手をいいかげんと捉えるセラピストは、自身もいいかげんなセラピストになってしまうのです。

 お客様を大切にし、しっかりとした品質を提供できるセラピストが多いサロンでは無断キャンセルもまた格段に少ない傾向にあります。両者の間には、そういった相関性が見られます。

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 万一無断キャンセルに遭遇した場合には、それは自分にとって必要だからそうなったのだとポジティブに捉えましょう。そのお客様が仮に来られたとしても、初めから自分と信頼関係を構築できる相手ではなかったのです。

 あるいは、たまたま運が悪かっただけとサッと頭を切り替えます。ハートロスを抱え込まないこと。それは自分を見失わないことに結び付きます。

ご予約の禁止

 多くのサロンで無断キャンセルは、お客様からの迷惑行為の代表格に数えられています。金銭面や物質面にとどまらず、精神面にもロスが大きいことが理由ですが、それだけではありません。

 たとえば店内でのセクハラや迷惑会話なども由々しき行為ですが、その実態が分かりにくいという難点があります。それに対して無断キャンセルは、行為の有無が簡潔すぎるほど明瞭です。行われた事実は誰の目にも明らかで、疑うすべはありません。

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 それゆえご予約の禁止、ひいてはサロンへの出入り禁止という処置に結びつきやすいのも無断キャンセルの特徴といえます。しかしお客様も人間です。情状の重い無断キャンセルでも2度、通常であれば3度までは猶予すべきだと考えます。

ドタキャン

 無断キャンセルに似たものとして「ドタキャン」があります。ドタキャンは「土壇場キャンセル」の略語で、予定時刻の直前に約束を取り消すものです。

 無断ではなく、きちんと連絡を取る点で無断キャンセルよりはるかに良心的です。しかし、予約の直前という範囲がどれくらいまでを指すのかは業種によって異なります。

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 最寄りの飲食業なら遅くとも前日には連絡すべきで、前日までに行った予約を当日に取り消すのはたとえ8時間前であってもドタキャンです。つまりは、当日のディナーをその日に予約した場合はその時点で確定と言ってよいでしょう。宿泊業がさらに厳しいのは言うまでもありません。

 リラクゼーションサロンはどうでしょうか。予約を取り消すのは遅くとも予定時刻の3時間前と考えます。それを過ぎればドタキャンと捉えます。美容業、理髪業なども同様です。飲食業ほどでないのは、チャンスロスの程度によります。

「人」と「人」

「本当にすみません。疲れていたのか、つい寝てしまいました」
 申し訳なさそうに頭を下げ、そのお客様は約束の2時間後にお店に現れました。
 実は予約時刻の30分前には当サロンに着き、駐車場に車を停めて待たれていたのです。まだ少し時間があるから休もうと運転席を倒したら、ついそのまま寝入ってしまったそうです。

「ごめんなさい。本当にごめんなさい。すっかり忘れていて、今日手帳を見て気づきました」
 前日の夕刻に無断キャンセルをした女性のお客様です。なんと翌日に謝罪の連絡をいただきました。ただひたすら謝られるので何もいえません。理由など話されなくとも、気持ちが伝わるので十分過ぎました。

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「予約していた〇〇ですが、急用で行けなくなりました」
「はい、かしこまりました」
 そこで通話を切られました。確かに連絡はしていただきましたが、その電話が入ったのは約束の時刻を3分ほど過ぎてのことでした。しかも謝罪の言葉は一言もありません。ドタキャンですが無断キャンセルよりも悪質という印象を受けました。私のサロンで働くセラピストならおそらく誰もが、そのお客様の施術はできればしたくないと言うでしょう。

 お客様も人であり、セラピストもまた人です。互いの立場を離れ、「人」と「人」として向かいあったときに信頼関係を築ける相手かどうかを容易に見抜くことができます。無断キャンセルはその一つの礎でもあると言えなくはありません。

◆ ◆ ◆

 オンラインで手軽に予約できるようになり、お客様の罪悪感が薄れがちになっていることも無断キャンセルやドタキャンの一因になっているようです。今回のもみAはややネガティブなテーマでしたがご容赦ください。いずれも著者の個人的な見解です。長文をお読みいただき、ありがとうございました。

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