施術時間

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 リラクゼーション業界における「施術時間」をエピソードを交えながら眺めていきます。

突然の怒り

「一体、いつまで私に施術させる気なのですか!」
 その日、施術後のお客様を笑顔で見送った直後、同僚のセラピスト、杉田かおる(仮名)は表情を一変させて私を睨みつけました。

「えっ・・・?」
 なぜ突然の怒りを買うのか、理由はもちろん、彼女が発したその言葉の意味が私には分かりません。ベッドを並べてはいましたが、それぞれ自分のお客様を施術していただけです。

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「いつ私が杉田さんに施術させましたか?」
「5分も余分に施術させられました」

 私は目を丸くしました。理由を聞こうとする矢先、さらに彼女はとがった口調でまくしたてました。
「でなくても疲れているのに、いい加減にしてください!」

怒りの矛先

 ほとんど同時刻に隣り合うベッドに身を委ねた2人のお客様。私の相手は男性で、杉田さんの相手は女性でした。後に指摘されるまで私は気づきませんでしたが、くしくもメニューは同じもみほぐしの60分でした。

 なぜ自分が文句を言われるのか。私には彼女に迷惑をかけていたという意識がありません。困惑する私を見て、杉田さんは少し諦めたような表情になりました。
「ずっと一人でやっていらしたから分からないかも知れませんが・・・」

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 ある特殊な事情がもとで、ショッピングセンターのテナントサロンを8か月間一人でやっていた経緯がありました。そのことを指しての言葉でした。

「同じ時刻に施術を始めて私だけが早く終わる。そのことでお客様からクレームを言われたくないのです」
 ようやく見えてきました。彼女の怒りの矛先にあったのは「施術時間」だったのです。

施術時間の存在

 本格整体やカイロプラクティックでは一般に施術時間を設けません。1回の施術は時間ではなく効果によって定められ、料金も一律です。これに対してもみほぐしサロンの多くの施術では施術時間が定められています。料金も時間に応じて変動します。

 ネイルのようなやや特殊なケースもあります。施術時間の取り決めが無く、やはり1回の効果によります。時間の定めはありませんが、使われる商材によって料金が高低します。

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 リラクゼーションに関わる様々なジャンルは、この施術時間に着目することによって大きく2つに分類できます。ネイルなど一部の例外を除き、一般に施術時間に定めがないものが「治し系」、その反対に施術時間が決まっているものが「癒し系」と考えてよいでしょう。

施術効果と料金

 治し系における施術の効果は、必ずしも1回の施術だけで得られるとは限りません。即効性が期待できず、結果的に何回も通わなくてはならないお客様は疑念を抱くようになります。

 背骨がずれている。骨盤がゆがんでいる。だから回数が必要です。すぐに治らない理由を説明することによりリピートを促しても、お客様に自覚できる効果が伴わないと去っていきます。効果と料金の関連性が弱いのです。

 1回の施術で相応の効果が出せる整体師なら別ですが、そうとは限らないことから治し系でも目安となる施術時間を示すケースが増えています。

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 癒し系では施術時間をベースにした料金設定であることから、効果と料金は時間に関して結びつきます。治し系との比較で面白いのは、60分で満足できないからお客様は90分を希望されるのではなく、むしろ60分で高い満足を得られたことが、次回90分の施術延長を含めたリピートに結び付く点です。

 整体院という名称であっても、完全に施術時間を定めて営業するところも増えています。それぞれに一長一短があり、どちらが有利とは言えません。

施術10分当たり料金

 施術時間はまた、その時間当たり料金を計算することによってリラクゼーションサロンの「店格」を把握するバロメーターになります。

 著者は大きく3つのパターンで店格を捉えています。もみほぐしマッサージであれば施術10分当たりの単価が600円以下の低料金サロン、800円前後の中級サロン、1,000円程度の高級サロンです。

 それ以上の料金設定は治し系なら分かりますが、癒し系ではかなり特殊です。ひょっとしてリラクゼーションを隠れ蓑にした風俗業だったりするかも知れません。

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 一般的なイメージとして、10分当たりの施術料金が高いお店ほどセラピストの技術が高く、接客は優れ、お店の設備も充実していると解釈されがちです。ある程度の相関性は見られますが、技術に対しては必ずしもそうとは断定できない面があります。

 店舗環境や企業理念、市場原理などが競争と価格を左右しています。一例として大型スパなどの温浴施設のインストアサロンでは、他に選択する余地がないことから高料金の営業が普通になっています。

エピソードの顛末

 杉田さんとのエピソードに話を戻しましょう。彼女の怒りの矛先にあったのは施術時間でした。

 同じようなケースで、かつて彼女は施術を終えたお客様からクレームを受けたことがあったと明かしてくれました。一緒に始めた人がまだやってもらっているのに、どうして私だけ施術時間が短いのか、と厳しく文句を言われたそうです。

「きちんと自分は時間を守って施術したとお客様に伝えればいいでしょう。気にする方がおかしい」
 当時の私は施術時間への認識が甘く、彼女に対してそう言い返しました。
「男性のお客様はまず言いません。でも女性には時間が他人より短いことを気にされ、そのことで不満に思う方も居るのです」

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 言われてみれば確かにそのとおりだ。仮にそうでなくても、一方のお客様だけに不公平感を抱かせるのはよくない。私は納得しました。

 無関係な男女2人のお客様が受付を済ませ、同時にベッドにうつ伏せる。男性客は全く気にもかけませんが、「おや。となりの男性と一緒に始まる」という女性客の些細な表情を杉田さんは見逃さなかったに違いありません。

 そしてふと、自分の愚かさに気づいて恥ずかしくなりました。60分が過ぎ、彼女は目配せで私に合図を送っていたかも知れません。私は自分と、自分のお客様だけしか見えていませんでした。彼女はずっと注意深く全体を見ていて、状況を把握していたのです。

施術シンパシー

 うまく言えませんが、施術をしている自分の指や肘が相手の身体としっくり同調している様な感触を覚えることがあります。圧を加えると吸い込まれるように歓迎され、それによってコリや疲れがみるみるほぐれていく感じです。皆さんにもよく似た体験があるはずです。

 どう表現してよいか考え、私はその現象を「施術シンパシー」と呼ぶことにしました。シンパシー(sympathy)とは、共鳴や共感、同調といった意味です。

 施術シンパシーに入ると、施術時間の経過がとても速く感じられます。「えっ、あれからもう20分も経ったの?」といった感じです。それだけセラピストの集中力が高まっているといえます。不思議と疲れもあまり感じません。強いシンパシーでは、互いの呼吸までもが同調していることを感じます。

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 私は一人でやっていた頃、ついつい施術シンパシーに浸ってしまい、タイマーを見ると施術時間を過ぎていたことが度々ありました。お客様に満足していただき、「ありがとう」と純粋の感謝を口にされるのも施術シンパシーが生じた時に多いのです。

 喜んでいただけたことに自分が満足し、施術時間が5分伸びることには何も抵抗がありませんでした。

認識の変化

 それがいつしか、施術時間への認識を根本から改めるようになりました。

 この仕事はセラピストの身体を見返りにお客様を楽にしているのではないかという「身体代償」の考えを抱くようになり、それがセラピストとしての「プロ意識」や「施術の品質」の捉え方にも変化を及ぼしたのです。

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 施術時間は女性だから気にして、男性は気にしないといったことはありません。癒し系においては、全てのお客様は施術時間に対して繊細なほど注意を向けていると考えるべきです。ペアやトリプルでご来店のお客様は、電話応対などで施術時間がずれていない限り、セラピストの意思疎通で同時に施術を終えなくてはなりません。

 お客様の注意が高いからといって、施術時間をこれ見よがしに長くすることが満足に結びつくのではありません。満足は、時間内の施術でこそ果たすべきものです。

 サロンの共益作業がある場合などでは、施術時間をいたずらに伸ばすセラピストはそれによって共益作業を逃れ、個人の益のためにお客様の歓心を買っていると誤解される恐れがあります。

施術時間の大切さ

「あとのご予約が無いから多少時間が伸びても大丈夫」、「いつも指名してくださるお客様だから今日は少しサービスしよう」と考えるのも同じことです。

その時はできても、次もできるとは限りません。できるだけ公平なサービスを心がけるという観点に加え、自分が行なう施術の品質に関わってきます。

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 一人でやっている個人サロンや整体院はどうでしょうか。とがめる者は誰も居ません。時間が長くなっても短くても関係ない気がします。しかし、ここでも自身のサロンを繁盛させ、お客様の信頼を真に得たいと考えるのなら、やはりきちんと施術時間を守ることが肝心になってくるでしょう。

 うっかりは誰にでもあります。その原因が施術シンパシーであった場合はどうでしょうか。厳しいようですが、たとえどのような理由であれ、それでも施術時間は守られなくてはなりません。

 施術時間を守ることはお客様だけではなく、自身を律することから自分をも大切にすることに結び付きます。そしてさらに、仲間や自分のお店を大切にすることでもあるのです。

 杉田さんとはその後、2人で施術研究を行うなど、互いにリスペクトし合う良好な関係になりました。今では独立し、癒し系サロンを自ら経営しておられます。

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 今回のもみAでは、初Watchとして「施術時間」をテーマに取り上げました。一見何の変哲も無さそうな事柄に思われますが、そこには実に様々なものが見え隠れしています。いずれも著者の個人的な見解です。長文をお読みいただき、ありがとうございました。

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